卒業から一週間、二週間と月日は流れ、高校の入学式が迫ってくる。大翔の所属するジム、侍刀会への入会予定日は、入学式の前日。それまでにできる限り戦える体を作って、鋼のような肉体を作り上げていた。
今日は800m10本走った、腹筋100回、背筋も100回やったから、あとは懸垂10回10セットか。
日々のトレーニングは欠かさず行い、自分を極限まで追い込んだ。心なしか、中学生の部活をやっていた頃に比べて筋肉の付き方が違うような、少し付きやすくなったような気がした。
大翔が高校生になるまでのわずか数日の間に、徐々に大人の体になってきたという事なのだろう。大翔は、自分の体を姿見で見て自信が付き、さらなるステップアップをするために、ジムで行うトレーニングの日が待ち遠しかった。それでも入会するまでの間はしっかりトレーニングを重ね、いよいよ侍刀会ジムの入会日である入学式前日になった。
侍刀会は、平日は午後一時から二十二時までの営業で、幅広い年齢層が集まる。八王子周辺では最大手のジムだ。大翔は、部活では経験できなかった強者とのスパーリングや、本気で世界を狙って集まっている他の選手と互角以上の力で渡り合えるのだろうか。など様々な不安を抱きつつも、営業時間開始時刻と同時にジムに顔を出した。
先輩方や、プロの方に変な奴だと思われないように、最初の挨拶が肝心だ。落ち着いて、礼儀正しく、尚且つハキハキとした挨拶をしよう。
大翔は扉を開けると、真っ先に挨拶をした。
「今日から新しく入会させていただきます。黒岩大翔です。よろしくお願いします」
大翔はゆっくりと頭を上げると、衝撃的な光景を目の当たりにした。
そこでは、十人近くのキッズたちがキャーキャー言いながら走り回っていた。
「あれ? 幼稚園? プロ? 先輩? あれ?」大翔が混乱していると、中にいた二十代くらいの男性会員の方が声を掛けてくれた。
「はははっ。君、相当緊張しているみたいだね。今日が初めて? もう一回名前いい?」
「はい、黒岩大翔です」それを聞いた会員さんの顔つきが変わった。
「君が黒岩君か、会長から聞いてるよ。今日から入会するんだよね。僕は戸田圭太、よろしく」戸田さんが右手を出したので大翔も右手を出した。
「よろしくお願いします」そう言い、大翔がその手を握った瞬間、そのゴツゴツした手の感触から色々なことが頭をよぎった。
何でこんなに手が分厚いんだ。どれだけ練習を重ねたらこうなるんだ。今からこの手になる程の厳しい修練が待っているのか。
「戸田くん、何をしているんだ」別室から大翔をスカウトしてくれた、会長の佐々木寛太さんが顔を出した。
「会長が言っていた黒岩君ですよ。もう来てくれましたよ!」会長は大翔に気が付いたようで、驚いた様子だった。
「おお! 黒岩くんか! そうか、もうそんな時期か、そうかそうか」そう言いながら会長が大翔の所に来たので、大翔は会長に挨拶をした。
「自分を誘ってくれてありがとうございます。黒岩大翔です。よろしくお願いします」大翔は頭を下げた。
「うむ、それじゃあ早速なんだが、カバンをロッカーに入れてバンテージを巻いてくれるかのう?」
「分かりました」大翔はカバンをロッカーに入れ、タオル、グローブ、バンテージ、水を持ってロッカールームから出た。
大翔はバンテージを巻きながら、あたりをもう一度見渡したが、若い大人が戸田さん一人しかいないことが気がかりで仕方なかった。ジムの殆どの人がキッズ、中には見るからに幼稚園児でおむつを履いている子もいた。これに疑問を思ったので、バンテージを巻いている戸田さんに、このジムの不可思議な状況を聞いてみることにした。
「あの、戸田さん、このジムって大人の人いないんですか?」
「いやいや(笑)、そんなこと無いよ。この辺りじゃ他のどのジムよりも多いし、プロの選手もたくさんいるよ。殆どの人が今はまだ仕事中で来てないだけだよ」
そっか・・・・・・この前まで中学生だったから気にしていなかったけど、ボクシングだけで食っていける人は殆どいないし、多くの人が仕事と掛け持ちだって聞いたことあったな。そりゃ、十三時に大人やプロがたくさんいる訳ないか。
「それと、俺の事は戸田さんじゃなくて圭太さんって呼んでくれる? その方が親近感が湧くからね」
「分かりました。そうします!」
「じゃあ、俺も大翔って呼ぶよ。それとも苗字の方が良かったかな?」
「いや、大翔でお願いします!」
「うん。それにしても大翔は随分聞いていた印象と違うね。礼儀正しいし、真面目そうだしびっくりしたよ」
「印象? どういう風に聞いていたんですか?」
「喧嘩っ早くて、自分に逆らう人は容赦なく誰にでも手を出すってことかな。もしかしたら人違いだったのかも?」
何⁉ 俺が喧嘩していたことがバレているだと⁉
「・・・・・・申し訳ないです。・・・・・・それ、俺かもしれないです」大翔は上を向いて、涙目になった。そして、ジムの人から真面目で頑張る印象を持たれることを諦め、やばい奴認定される覚悟を決めた。
「やっぱりそうか(笑)、そんなに気にしなくていいよ。ここにはヤンキー上がりの人だって沢山いるし、そんなに珍しいことじゃないからね。それに、大体の人がプロになったら何があっても人に手出しはしない、って覚悟を決めるから、問題も起こらないしね。大翔も明日から高校通うんだろ? そしたら退学になるリスクを負ってまで喧嘩なんかしないんじゃない?」
「勿論です。喧嘩は中学までって決めていました。高校は結構偏差値の高い進学校に入れたので、高校入ったら絶対喧嘩はしないつもりでした」
「やっぱりそうなんだ。ってか進学校⁉ 凄いね! 因みにどこ校?」
「南八王子です」
「南八王子⁉ 偏差値65くらいあるよね! そんなに偏差値の高い進学校によく入れたね、中学時代に相当勉強していたんじゃない?」
「まあ、授業はちゃんと出ていたんですけど、勉強はぼちぼちですかね。あと、このジムからスカウトが来たので、ジムから一番近い高校に通おうと思って、受験期には相当追い込みましたよ」
「なるほどね。よいしょっと」圭太さんは立ち上がった。
「そんじゃあ、そろそろやろうか」
大翔は圭太さんが会長からヘッドギアを付けてもらって、グローブをはめたのを見て、真っ先に自分とスパーリングすることが分かった。
「分かりました。何オンスですか?」
「普段は16だけど、今はとりあえず14でやろうか。練習だけど試合に限りなく近い状態でやろう」
大翔も会長からヘッドギアを付けてもらい、グローブをはめてリングに上がると、子どもたちがリングの周りに集まってきた。
「今から試合するの~?」
「この人知らな~い」
「ぼくも知らな~い」
「お兄さん、圭太くん強いから気を付けてね」子どもたちは二人のスパーリングに興味津々だった。
「ありがとうキッズたち」大翔はそう言い、キッズたちに手を振った。
キッズたちは、嬉しそうに、何人かが手を振り返してくれた。鼻水をすすって返事をしている子もいた。
この可愛いキッズたちのためにも、良いところを見せないとな。
大翔がそう思っていると、会長がゴングを用意して、ゴングの前に立った。
「それじゃ、とりあえず三分三ラウンドで行こうかの」
「「分かりました」」二人はそう言うと、それぞれボクシングの構えを取った。
カン というゴングの音と同時に、二人はグローブを合わせた。
圭太さんがゴングの音と同時に左ジャブを打ってきたので、大翔はバックステップでかわして距離をはかった。


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