ボクシング2話|俺がお前の中学生活最後の喧嘩(試合)相手だ!

三十分ほど経っただろうか。最後の一人の顔面を、蓮介が右ストレートで殴りつけ、吹き飛ばしたところでヤンキーたち全員を倒し終えた。

大翔は息切れしていたので、何回か息を大きく吸い込んで深呼吸をし、呼吸を戻した。顔にパンチを貰っていたので、口から血が出ていたり、左目が少し腫れたりしていた。蓮介は息切れこそしていたものの、顔に傷はなく、呼吸もすぐに整った。

「さすが蓮介だな。ミドル級無敗ってだけあって全く貰ってねぇじゃんかよ」

「大翔もライト級無敗だろ、それにしては貰いすぎじゃねぇか?(笑)」

「うるせぇな(笑)、五十人いて三発しか貰ってねぇんだ。良い方だろ」

「身長173cmでそんだけしか貰ってないなら相当良い方だろうな。俺は188cmあるから、殆どのやつが顔に打ってこないんだよ」蓮介は腹をポンポンっと叩きながらそう言った。

「ははっ確かにそうだな、そんだけでかいとパンチが届かねぇよ(笑)」大翔が笑いながらそう言ったので蓮介もふふっと笑った。

「ところで、蓮介はどこのジムからスカウト来たんだ?」それを聞いた蓮介は、真剣な表情になった。口元に指を当て、少し下を向いて考えていたが、やがて口を開いた。

「黙っていて悪かったな大翔。俺にスカウトが来ていたこと知っていたんだな」

「蓮介、謝らなくていいぜ」

「・・・・・・いや、それじゃあ大翔が、」

「俺にも来てたんだよ、スカウト。うちのジムに来ないかってな。うちで世界を取らないかって言われたよ」大翔は血の付いた口を服の袖で拭き、ニーっと笑った。

 唇が切れていたせいで微かに唇の左側には血が残っていて、赤くなっていた。

「そうか、そうだったのか! 良かった、俺だけしかスカウトされてないんじゃないかと思ってさ、なかなか大翔に言い出せなかったんだ」蓮介は嬉しそうにそう言った。

「俺もだよ。俺も自分だけプロになって世界へ行ける道に乗っちまったんじゃないかって思ったら、蓮介には言い出しづらくてさ。柚奈ちゃんが、蓮介にもジムからスカウトが来ているよ。もうお互い知ってるもんだと思ってたんだけど。とか言ってたから、その時、初めて蓮介も俺と同じで悩んでいたのかなって思ってさ。だから今日言うつもりだったんだ。俺もスカウトが来てるって」

「お前な、もっと早く言えよ。ったく、俺も大翔には卒業までに絶対に言わないとって悩んでいたのによ。俺だけプロの道があっていいのかなって、どんだけやるせない気持ちだったと思ってんだよ」

「おい(笑)、それはお互い様だろ、俺もさっき学校が終わった後職員室行って、蓮介の事初めて知ったんだぞ」

「「はっはっはっはっは」」二人は顔を見あって大笑いした。

「それで、大翔はどこのジムに行くんだ?」

「俺が行くジムは八王子の()(とう)(かい)。そこから一番近い、ボクシング部のある高校に通うことが決まってる。蓮介は?」

「松戸の最上(さいじょう)ジムだ。俺もジムの近くの高校を選んだから、住む場所も学校も、お互い大分遠くなっちまうな」

「そうだな。それでもさ、俺たちがやることは変わらないだろ?」

「まあな。お互い頑張ろうな」

「当たり前だ」二人は少しの間嬉しそうにしながら黙って互いを見ていたが、やがて大翔が喋り始めた。

「俺さ、気になっていたことがあってさ」

「何だ?」

「今の俺が蓮介と戦ったら、どれくらい渡り合えるのかってことなんだが」大翔のその言葉を聞き、蓮介はフッと笑った。

「大翔らしいな。でも、俺と大翔じゃ体重差が十キロ近くあるんだ。本当にやるのか?」

「今後暫く会えなくなるだろうし、部活でも蓮介とだけ、マススパーすらやらせてもらえなかったんだ。俺は蓮介とマススパーなんかじゃなくて、スパーリングがしたくて仕方がなかったんだぞ?」

「俺だってお前とやりたかったさ。でも、さすがに体重が十キロ近く違うと勝負にならないだろ」

「この五十人相手に俺は三発しか貰ってない。体重差、体格差込みでまだそんなことが言えるか?」

「はっはっはっはっは」蓮介は思いっきり笑った後、こう言った。

「そうだな、まあ、俺も一度は大翔と戦ってみたいと思ってたし、最後に一戦、戦ってみるか」

「そう来ないとな」

「あのさ、俺たち見てても良いか?」倒れていたリーダー格のヤンキーが座っていて、腫れた頬を擦りながらそう言った。

「別にいいが、手出しはすんなよ」蓮介がそう言うと、ヤンキーたちがちらほらと体を起こして、座りだした。

「ういしょっと、俺たちも気になってたんだよ。お前らが戦ったらどっちが強いんだろうってな」リーダー格のヤンキーの隣に座った奴がそう言った。

「分かった、そんじゃあ見とけ。俺たちの試合(喧嘩)をな」大翔はヤンキーにそう言うと、蓮介の方を見た。

「準備は良いか? 大翔」

「ああ。本気で行くから、手加減すんなよ。まあ、手加減されるほど弱くもないと思うけどな」

「そうか」蓮介がそう言ったのを聞き、大翔は蓮介に跳び蹴りをした。

しかし、蓮介に腕で防がれた。直後に左手でボディーにフックを打ったが、それはバックステップでかわされた。それどころか、蓮介の左ジャブを顔面で受けてしまい、バックステップで後ろに下がると、崩れた体勢を立て直しながらもう一歩下がって距離を取った。大翔の右の瞼が切れて血が涙のように頬を伝っていった。

 なるほど、さすがミドル級。ジャブですらこの威力か。俺のライト級の奴らのストレートなんかより遥かに強いな。これが普通のジャブなら、あと何発か貰ったら確実にダウンしちまうだろうな。

「どうした大翔、そんなもんか?」蓮介にそう言われて大翔はニヤッと笑った。

「まだまだ、これからだ」それを聞いた蓮介もニヤッと笑った。

 大翔は踏み込んで蓮介の太股にローキックを撃ち込んだ。蓮介がもう一度大翔の顔面にジャブを当てようとしたが、そのジャブは空を切った。その直後に、蓮介は顔の左側に強い衝撃を感じて、一歩後ろに下がった。

 大翔の胴回し回転蹴りが蓮介の左頬を捉えていた。靴を履いていたので、蓮介の左頬が切れ、血が滴った。

 蓮介は大翔が起き上がるまで待つと、起き上がった大翔を見てもう一度構えた。

「なあ、何で蓮介は大翔が倒れている間に攻撃しなかったんだ? 大翔のやつ、胴回しを使ったら倒れている間に隙が出て攻撃されると思わなかったのか?」観戦していたヤンキーの一人が隣にいるヤンキーにそう聞いた。

「バカ言え、蓮介も大翔も倒れている間に攻撃する訳ないだろ! あの二人からしたらグローブを付けていないボクシングの試合なんだよ。お前もそのつもりで見とけ」ヤンキーたちは殆どのやつが、座って二人の戦いを観戦していたが、一人だけ寝そべっていて、そいつが鼻をほじりながら喋りだした。

「こんなの蓮介の圧勝だと思うけどな」

「てめぇ何ほざいてんだ!」隣にいたヤンキーがそいつに馬乗りになり、胸ぐらを掴んだ。

「蓮介はさっき、大翔より体重が十キロも上だって言ってただろ。ボクシングの世界じゃ、体重がパワーバランスの大半を占めている。つまり、体重の差がそのまま殺傷力の差になるんだ。だから階級があって同じ体重の者同士しか戦えないようになってんだ。あいつら二人とも違う階級のアマチュアチャンピオンだろ。普通に戦ったら大翔が蓮介に勝つことなんかねぇんだよ」それを聞いたヤンキーたちは静まり返った。そして、ヤンキーの一人がそいつに質問した。

「じゃあ、何で大翔は蓮介に勝負なんか挑んだんだよ。負けるのが目に見えてるじゃねぇか」

「それは俺にも分からねぇ。何か勝つ策でも考えていたんじゃねぇのか? 何にしても、大翔は相当な怖いもの知らず(大バカ野郎)だって事だな」

 大翔は左手をガードを高く上げたボクシング特有の構え(アップライトスタイル)、右手を肩の高さまで持ってきて構えると、一歩ずつ、慎重に蓮介に近付いて行った。

 大翔が蓮介の間合いに入ったらしく、蓮介が左脚で踏み込んで左ジャブを打ってきたので、大翔は咄嗟に左腕を上げ、左ジャブをガードしようとした。それに気付いた蓮介は左ジャブをフェイクに使い、本命の右ストレートを打ち込んできた。大翔は迫る蓮介の右拳を、左の手の平でピシャリと内側へ受け流し(パリング)、ガラ空きになった蓮介の口元へ、渾身の右ストレートをカウンターで叩き込む!

しかし、蓮介はその右ストレートが来る瞬間を狙っていた。大翔が放った右ストレートの上をクロスするように、外側から強烈な左フックを、クロスカウンターで合わせてきたのだ。蓮介の左フックが大翔のガードの薄い右の顔面を捉え、二人の血が同時に火花のように飛び散った。

大翔の右目のまぶたが切れ、顔の右側に血が流れたが、それより脳振盪で一瞬ふらっとしたことの方が大翔にとっては重大だった。大翔はそれに悟られないように、すぐに蓮介の左脚にローキックをいれた。大翔は絶対に右ストレートだけは貰わないように、左手のガードだけは下げないようにし戦っていて、蓮介は身長差からリーチを上手く使い、自分の間合いに入ると、ガードの上からでも確実にパンチを当てていっていた。

大翔は、蓮介の右ストレートだけは絶対に貰わないよう、左手のガードを顎の横に張り付け続けていたのだが、蓮介の体格から繰り出されるリーチとパワーは規格外だった。ガードの上から叩かれるだけで、大翔の左腕は骨まで軋み、またたく間にどす黒い痣に染まっていく。腕が痺れて感覚が消えかけていた。

大翔は腕の感覚が無くなっていることに気が付き、横目でチラッとガードしていた左腕を確認すると、腕が痣だらけになっていた。大翔は胸が高鳴り、一瞬だけニヤッと笑った。

(さすがミドル級無敗、面白れぇじゃねぇか!)

大翔は徐々に蓮介との戦い方を学習していき、蓮介の視覚外からの攻撃を当て、それに合わせるように打ってくる蓮介のパンチは脳振とうが起こるほどのクリーンヒットしていない。しかし、頬をかすめるだけで、口からは血が噴き出てくる。蓮介も大翔も口が切れて血を辺りに飛び散らせながら戦った。

「なあ、お互い血は出てるけど蓮介のやつ全くふらついてねぇじゃんか。本当に大翔に策はあったのかよ」

「知らねぇよ! 何でも人に聞こうとすんな!」

「な、なあ、そろそろ止めないとヤバくねぇか? この血の量じゃさすがに危ねぇんじゃないか?」

「と、止めに入るか?」

「そ、そうだな。止めに入ろう」ヤンキーの何人かが立ち上がった時、リーダー格のヤンキーが怒鳴った。

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